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自分の肌にあうのは黒だと。 これをどこまでも追求してみようと。[鬼頭正人] ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 深瀬 鬼頭先生は、本当に貴重な方です。1982年に、行動展を退会されて、少し悩まれたのは、行動展でずっと描いてきたモノクロの凸凹の絵を描かなくなったと。80年台の半ば、そういう時期に。87年くらいに踏ん切りがつき、若い時に描いていたようなものを描こうと。 鬼頭 そうですね。また黒にひかれて。 自分の肌にあうのは黒だと。これをどこまでも追求してみようと。 皆さん飽きるかもしれませんが、それから、もう何十年と、ずっと黒を使い続けたわけですね。 お寺や神社や神社の、朱の大きな赤鳥居というものがあり、その一番上が黒で、まったく私の黒そっくりなんですね。それで、そういうものを眺めながら生活してきて、今の黒と朱というものがうまれ、それから漆ぬりだとか日本の古いものに興味が生まれて。画面の中でも、漆のような絵肌はどうしたら出るんだろう、と。そして、これは全部油ですけど、自分の手でもってこすりながら、ナイフと、ローラーも使いますが、最後の仕上げはみんな手です。 1987年くらい、カルフォルニアのバークレー(Berkeley)に大学があります。山の上をバスで15分くらいあがると、サンフランシスコの町がみえるんです。そこでアトリエつきの家をかりて、アメリカでの個展のための作品を制作したわけですね。 深瀬 1987年に、若い頃からの「風紋」シリーズがあったんですが、同時期に、「風からのメッセージ」シリーズをはじめられるわけですね。これは、主にアメリカで描かれました。やはり、若い頃から、国吉康雄の影響を受けていたということで、風。「風紋」も風を思わせるような線が入っていますね。そして、モノクロームに移り、少しカラフルになっていく。そして、一番最近の作品、「花のある風景」のシリーズですが、この20年間でカラフルになっていくんですね。 鬼頭 この頃はかなりの作品がありますが、NYのコレクターの家にある大きな絵、これには箔がはってあります。NYから1時間くらい移動したところのお宅です。最近の作品はマンハッタン5番街のメトロポリタンミュージアムのすぐ目の前のオフィスに飾っていただいています。この絵を飾るのに、わざわざスペースを作ってくれたんです。 深瀬 トライアングルギャラリーのジャックさんが非常に熱心な方で、鬼頭先生の作品が飾られる場所に必ず出向き、コーディネートなさるのですよね。 鬼頭 ちょっと難しい人なんだよね。難しすぎちゃって、私の作品が一番よく見えるようにしちゃう。これ邪魔だからこっちによけて、とか、このカーテンの色はよくない、とか、全部違う部屋にもっていかせて、何にも部屋になくなるんです。何もないので、絵がよく見えるに決まってるんです。そして、気に入らない人には、絵を売らないんです。それも困った。最近は、歳をとったので、なお頑固です。まったく絵を売ることをしません。 深瀬 そういう形で主にアメリカで活動されているので、アメリカのコレクターさんのお宅の写真がこちらです。わりとインテリのコレクターが多いそうです。 そして、「風からのメッセージ」からどう発展していくか。今回の展示は壁沿いに時計まわりにずっと続いていきますが、あちらにあるのが「ブラックフジヤマ」です。 鬼頭 1980年に書いた、少し細長い絵、あれは、私の母親が名古屋でガンにかかっておりまして、お見舞いにいった帰りにですね、富士吉田インターでおりて、樹海の中を走り、富士山を眺めて、富士から勇気、エネルギーをもらっていたんです。それで、描いたのがその作品です。それから10年間は富士を描かなかったんです。 その後、イナックスギャラリーで個展をやらないかとなった時に、その「フジヤマ」でやらないかと。それで、大きな作品を10点、描きました。なので、一番最初の80年に描いたものは、手探りで描いたものですから、色がたくさんついて、持ってみると重いです。でも、その10点の作品になると、軽いです。もう描きたい形が出来上がっていたので。絵の具をつける無駄がなかったんですね。 深瀬 個展時の「フジヤマ」は、色がついていますが、初期の作品は、暗い夜にみた黒いフジヤマなので、黒いです。黒の上に黒で描いてあります。でも、よくみると、空は明るいわけですね。それで、だんだん色がでてきて、それが発展して、「花のある風景」に移行していくわけです。花にまつわるお話をぜひ。 鬼頭 富士山にぽっくりと雲がかかっている。一度雲がかかると、意外としばらくは動かないわけですね。ところが上昇気流とかいろんなものにもまれて、だんだん形を変えて、花のような形でこびりついて見える時があるわけですね。真夜中でも。描いていくうちに、まあ見る人によっては、噴煙かな、と、富士山が爆発したかな、と、そうも見えるんですが、それを入れていくことによって、花の形のようにみえていくわけです。 そうすると、だんだん富士山が消えていって、正方形が2つ3つ残るだけで、花の形だけが残るようにぼんやり見えてくるわけですね。その当時は、椿の花にひかれておりまして、荻窪や西荻窪を自転車で駆け巡って見ていたわけですけど、すばらしい椿の大輪が、深紅のとても綺麗な色で、花びらが少なくて大きくて、花弁がすっと立っていて堂々としているんです。かわいらしいというより、堂々とした花魁のような女性に見えるんです。いつも椿を見ると女性に見えます。男にはみえない。なんかこう色っぽい。 深瀬 ブラックフジヤマから花が出てきて、花が主体になって、そこから花が隠れたりですね、もののコラージュや金箔などいろいろなものを使われているわけですね。ここからは、なぜこの展覧会を開いたかと。 鬼頭 これは、絵を描くこととは全く違いましてね、私が住んでいるのは吉祥寺なんですが、私の家の目の前に、法政高校と中学があるわけです。それで、今度、引越しをしたわけです。共学なので、手狭になってしまって。 そうしたら、その土地を、ゼネコンの長谷コーポレーションというのが買い取ってしまいまして、33メートルの11階を建てると。私のエリアは、高くても3階までしか認められない、低層住宅地なんです。学校だから、4階までは認められてましたけど。その話が、昨年の1月頃から問題になりまして、昨年の3月頃から、私は絵も描けないくらいに、市に交渉しに行ったり、町内で会合を開いたりでした。 そうしている間に、このギャラリーで個展をやり、もとの絵描きに戻るしか、そこから抜け出せる方法はない、と企んだんです。そして、今年の9月にお願いをし、深瀬さんをご紹介していただき、アトリエで絵をひっぱりだして見ているうちに、この4つの流れの展覧会をやっていただきました。 深瀬さんのおかげで、こういう展覧会をすることができました。本当に感謝しております。 しかし、抜け出せるかと思ったら、ちっともそんなことはありませんでした。昨日も23時まで、日曜日も朝9時から会合です。 文責:オバラ
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| 2008-01-08 02:00
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